おこぜ(虎魚)が美味しい地魚料理の大分・杵築百年旅館

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杵築城

2014.12.18_012

1394年の築城以来、600年もの間この町を見下ろしてきた杵築城。模擬天守とはいえ、城跡にそびえる三層の天守閣は在りし日のこの城の姿を偲ばせます。
室町時代初期、木付氏によって八坂川の河口にある台山の上に築かれたこの城は、北は高山川、東は守江湾といった天然の要害に囲まれた城でした。その後の天災、震災などで城も場所や形を変えながら、主もまた前田、杉原、細川氏と入れ替わり、その後の小笠原氏、そして松平氏を最後に江戸の時代も終わりを告げ、杵築城は新たな城主を迎えることなく今に続き、現在は一部の石垣などが現存しています。山上が城山公園として整備され一般にも開放されていて、市内のあちこちで発見された国東塔など貴重な石造物を野外展示している石造物公園もあります。築城当時“木付城”と命名されながら幕府朱印状に誤って“杵築城”と記されて以来「杵築城」となりました。また、島津の猛攻撃に2か月も耐えたことから別名「勝山城」とも呼ばれています。
城下は、味噌や米穀、芝居小屋などが残る商人の町があり、今もなお残る武家屋敷が美しい北台と南台にはさまれる形となっています。城下町の形としては日本でただ一つと言われており、「サンドイッチ型城下町」と呼ばれています。小京都とも呼ばれてきたこの城下町は、街並みのいたるところで江戸の風情が香り、訪れる人を江戸の時間旅行にいざなう魅力を放ちます。「和服の似合う町」をテーマにした観光により、実際に着物を着て城下をそぞろ歩く体験型散策が年齢を問わず人気となっています。

〒873-0001 大分県杵築市杵築16-1
TEL:0978-62-4532
営業時間 9:00~17:00(入館は16:30まで)
定休日:なし
《入場料》
個人:一般 300円/小・中学生 150円
団体(30人以上):一般 240円/小・中学生120円

両子寺(ふたごじ)

神と仏が複雑に絡み合う独特の文化が発展した国東。その文化を六郷満山文化といいます。六郷満山とは、国東半島の六郷にある寺院の総称でもあり、その多くが宇佐八幡神の化身といわれる仁聞菩薩の開基と伝えられ、かつてこの一帯は宇佐八幡宮の神領地でもありました。
中でも「両子寺」は、平安時代から鎌倉時代にかけて六郷満山の修行道場として栄え、江戸時代には杵築藩の庇護のもと、六郷満山の総持院の地位を占めていました。全国でも名の知れた子授けの観音様があり、毎月午(うま)の日に、袋と供物と祈願料を添え参拝すると、子宝に恵まれるといわれています。
また、国東では平安時代末期から鎌倉時代にかけて、多くの国東塔や五輪塔が造られました。法華経を書いた塔を未来永劫に残し、その功徳で救われることを目的に造られたものです。修行僧たちは、石や木に想いを刻み込むことをも修行としており、国東には全国一石仏群が多く存在しています。国東塔は、弘安6年(1283)、最初に造られたという、岩戸寺国東塔のように長身で優美なものもあれば、長木家宝塔のように全体に重々しくがっちりした姿のものとに大きく分けられます。これ以外にも、国東では、国の重要文化財に指定されている石塔を多数見ることができます。

〒873-0356 大分県国東市安岐町両子1548
TEL:0978-65-0253
拝観時間:8:00~17:00
拝観料:300円

奈多・狩宿海岸

まず、間違って覚えてほしくないのがこの呼び方。正しくは「なだ・かりしゅく」。伊予灘に面して南北約2kmに及ぶ美しい白砂と見事なクロマツの老木が並ぶ白砂青松、風光明媚な海岸線です。日本の白砂青松100選、環境省の快水浴場百選にも選ばれ、夏は多くの海水浴客でにぎわっています。
美しい海岸線は、カブトガニの生息する守江湾の干潟にも続いています。海岸線のほぼ中央には天平元年(729年)に創建されたと伝えられる八幡奈多宮があります。ここは宇佐神宮始め、国東の六郷満山と非常に深いつながりがあり、その証ともいえる宇佐神宮の旧ご神体とされる木造僧形八幡神坐像と木造女神坐像2体の計3体が収蔵され、これらは国の重要文化財にも指定されています。また、これより300m沖合には、厳島、あるいは市杵島(いちきじま)と呼ばれる離れ岩がありますが、これは奈多八幡宮の元宮であり、小さな鳥居まで設けられています。

重光邸

明治20(1887)年~昭和32(1957)年
杵築市の歴史の中だけでなく、「重光葵(しげみつまもる)」の名前は戦中前後の日本史に永遠に残る名前です。昭和の動乱期に外務大臣を務め、終戦後、アメリカ戦艦ミズーリ号船上で『ポツダム宣言』受諾の降伏文書に記したその名前こそが「重光葵」です。
明治20年(1887)に大野郡三重町(現豊後大野市)に士族の次男として生まれ、3歳の時に父の実家の杵築に移住。杵築高等小学校、首席で卒業した旧制杵築中学と少年期のほとんどを杵築で過ごしました。努力家で蔵の2階で勉強に励んだという屋敷が今でも残り、「無迹庵(むせきあん)」と名付けられ、遺品や写真の数々が展示されています。名前の「誇れるような足跡や実績がない」というその意味には、重光の謙虚な思いが込められています。その後熊本の第五高等学校から東京帝国大学独法科を卒業、外務省へ。ドイツ、イギリス、アメリカなど主要国の外交官として活躍、戦後は鳩山内閣の副総理と外務大臣を兼任するほどの国策においても外交においても要となる重責を負いました。中でも日ソ国交回復や国連加盟における重光の功績は大きなものとなっています。郷土や母校への愛情が薄れることはなく、度々メッセージを送っています。杵築市では、そんな重光葵の一生を、過ごした家と多くの資料から除き見ることが出来ます。

〒873-0014 大分県杵築市大字本庄893-1
TEL:0978-62-5556
営業時間:9:00~17:00(入館は16:30まで)
《入場料》
個人:一般 100円/小・中学生 50円
団体(30人以上):一般 80円/小・中学生 40円

国東の伝統行事

六郷満山の伝統を体感する伝統行事は脈々と受け継がれ、人々の暮らしに密着した祈りの行事が次世代へと伝えられています。

【幸福を招く鬼の祭り(修正鬼会)】
岩屋に鬼が住んでいたと言い伝えられる、国東の山々。国東の鬼は恐れられると同時に、幸福を招く鬼であり、伝統行事にも主役として登場します。年の初めに、家内安全、五穀豊穣、無病息災を願って行われる「修正鬼会」は、国東の伝統行事の代表格で、国指定重要無形文化財です。かつては六郷満山の65カ寺で鬼会が行われていましたが、現在、国東市では、岩戸寺と成仏寺が隔年で行っています。「修正鬼会」は、夜の7時に始まり深夜まで続きます。さまざまな舞いや儀式を経て、クライマックスは夜10時以降に登場する荒鬼です。荒鬼は、松明を振り回しながら、堂内を走り回り、寺を飛び出して、村の家々を加持して回ります。参拝者は、荒鬼に肩や背中をたたいてもらい、その年の無病息災を祈ります。

【くしくしゃ 櫛来社秋の大祭(ケベス祭り)】
目の前で今も息づく六郷満山文化を体感できます。国指定無形民俗文化財であり、毎年10月14日に行われる櫛来社秋の大祭(ケベス祭り)は、起源や由来が一切不明の祭りです。面をつけて命を吹き込まれたケベスは、火に入り、火のついたシダを持って境内を走り回ります。その火の粉を浴びると無病息災と言われ、ありがたいご利益を得ようと、たくさんの参詣者がやってきます。

【諸田山神社 御田植祭】
県指定無形民俗文化財。早乙女に扮した男児が田植えを、顔にペイントした男たちが畔塗りなどの農作業を鉦、太鼓、笛の囃子に合わせて滑稽に演じ、見る人々の笑いを誘います。

【吉弘楽】
国指定重要無形民俗文化財であり、五穀豊穣と戦勝を祈願した吉弘楽。胸に太鼓を抱き、背中に旗を差した戦国時代のいでたちで、時にゆっくり、時に軽快に勇壮な舞いを披露します。